2005年11月09日

本日は葬式

先日亡くなったバイト先の社員さんの葬式が、今日ありました。

「客商売は笑顔」が口癖の人でしたから、泣き顔は無しでと皆で決めていました。

好きだったコーヒーも一緒にと・・。

さて、昨日とか漠然に考えていた事があるんです。

私は全然知識も浅いし、倫理とかも得意じゃないのであれですけど、死って何でしょうね。

そもそも命って何?

ロボットやパソコンはスイッチ入れてる間は動いています。破損して機能を維持出来なければ止まります。

止まるのが、行動出来なくなるのが死?

なら私が今まで持ってた命って概念は何?

人間を動かしてるのは微弱な電気、ロボットを動かしてるのは電気。人間を作ってるのはタンパク質・水分etc、ロボットを作ってるのは金属・ゴム。人の死は行動の停止、ロボットの死も行動の停止。

なら生物とロボットの違いって何?

人間も有機物で少し複雑に作られただけのロボットなのかな。私って何なのかな・・?


たまにはこんなセンチメンタルな気持ちで取り留めの無い内容をつらつらと。

皆さんの意見や考え方も聞かせてもらえると嬉しいです。

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posted by 真希P at 22:48| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
生命や倫理についての知識は私もありませんが。
命ってのは魂(ゴースト)の有る無しじゃないかなって思ってます。

好きな小説の一文に
「電線に、電気を流すと、そこには意識が生じるんです」ってのがあります。
人間の脳だって、電気信号が流れて記憶や思考が処理されてるわけですから、電線に電気が流れればそこには意識があってもおかしくないなと。
パソコンやロボットもそうです。
まあ、機械は意思表示は出来ませんがひょっとしたら意識は持ってるのかもしれません。
人と機械の相性ってありますしね。

でも、魂は何にでも宿る物ではないと思います。
人間はもちろんですが、動物とかにもあるでしょうね。
でも、時々人形や樹、機械にだって宿ることはあるんじゃないかなとも思います。
この辺りの話になると精霊と呼ばれたりするのかもしれませんが・・・。^^;
Posted by saka at 2005年11月09日 23:28
人間がロボットと同じとすると意識はアルゴリズムです。
しかしアルゴリズムにはできないことがあります。
例えば
「あらゆる自然数の組(m,n)に対して、Tnにmを入力した場合にそれが停止するかどうかを決められアルゴリズムはない」
つまり計算が止まるか止まらないかは決められない。
しかし人間の意識はそのようなアルゴリズムを越えた非計算的な要素がある。(数学者ペンローズより)

みたいな感じやったような。
Posted by わんこら at 2005年11月09日 23:56
あっそれと

知っている人が死ぬのは大変辛いと思います。
オレもお婆ちゃんが死んだ時に思ったんですが、こういう時って死とは何か?一体どういうことか?よくわからなかったりもします。


色々あると思いますが、
ただいつもPさんの更新楽しみにしています。
これからも頑張ってくださいね。
Posted by わんこら at 2005年11月10日 00:39
いつも楽しく読ませていただいております。
さて、この文字通り「命題」については、わたしもよく堂々巡りに陥ります。あなたの倍以上生きてきて、その間おりに触れ考えてきましたが、答えが見えたり、近づいたと思った事すらありませんね(笑)。
古代の自然の力を神と見立てて、その怒りを鎮める事を目的とした宗教から一歩踏み出した宗教が現在まで続く三大宗教であったりしますが、私はこれらに共通するのは命とは何かと言う問いかけと、死の恐怖から逃れる方法論では無かったかと考えます。
もしもあなたが、この事をずっと考え続け、悩み続ける事を恐れなければ、偉大なる智者となりうるきっかけを得たのかもしれません。

と、まあ言っては見たものの、ほっといても年齢を重ねると共に失っていくものはたくさん出てきますしね。そのたんびに悲しんだり、泣いたりするんです。そんな「思い」を好き好んで長々考え続けるってのもきっついですしね。下手すりゃノイローゼ気味になったりします。
だから、魂なんてものがあって、こいつらが幸せに暮せる場所がどっかにある。なんて考えながら手を合わせてみる。なんてところで手を打ってみるなんてのも幸せなのかもしれません。←わたしゃ今ここ
Posted by TM at 2005年11月10日 00:40
お久しぶりでございます。
なにやら難しい問いに頭を悩ませておられるようですね。

一説によると、人間が死んだ時に体重が28グラム程軽くなるそうで、
これが人間の魂の重さであるといわれております。
死んだ時に何か目に見える物質が飛び出て行く事はないですから、
28グラムの純然たるエネルギーが魂なのではないかと考えられます。

1グラムの質量を全てエネルギーに変換した場合 90兆ジュールの
エネルギーに相当しますので、魂は 28 * 90兆ジュール ものエネルギー
を持った"何か"なのでしょうね。

体から抜け出した魂というエネルギーが何をするか、世界中を旅する
のか、愛する人を守るのか、はたまた人に悪さをするのか・・・・
日本的な考え方をすると、私達を見守ってくれているのでしょうね。
Posted by itou at 2005年11月10日 09:53
初めましての方、初めまして。お久しぶりな方もいますね^^お世話になってます。

人間が死んだ時に体重が28グラム程軽くなるって本当ですか?何が抜けてるんでしょう・・。
1000ジュールの熱量で、3gの氷を溶かすことができるそうですが、2520兆ジュールものエネルギーが死の瞬間に放出されたとしたら周囲はエライ事に・・。
それは冗談として、それほどのエネルギーが「身体から抜けた」となると視覚的にも変化が見られると思ったり。
ん〜・・分からないやw

機械の意識かぁ・・脳に比べれば単純とは言え、電気信号の流れはあるんですもんね。ん〜、ファンタジーですねぇ。
私がいつもペチペチ叩いてる「お金を入れると喋るモアイ型貯金箱」が何を考えてるのか知りたい所です。

魂が抜けるとしたらどこに行くんでしょうか、天国かなぁ。出来れば気楽に楽しくマッタリ暮らせる場所だと良いですね。
Posted by 真希P at 2005年11月10日 14:19
修正します。
魂の重さは 21グラムのようですw

スヴェン・ルンデ博士という方が測定しており、
死んだ時に抜けるガス、水分を差し引いても
21グラム分質量が減少するそうです。

私も本当かよ!?と思っていますが、2520兆ジュール
もの膨大なエネルギーが人間の魂だというのならば、
でき無い事は何も無い!って気分になりませんか?

そこが、この説の良いところですw
Posted by itou at 2005年11月10日 17:42
『命』とは何?えらく深い命題ですね。

答えは多種多様です。生物学的に見るなら、『種の繁栄』に尽きる。動植物ならそれでいいかもしれません。でも、貴方が思いを馳せるのはそこではないですね。

人間には『感情』がありますから、『生まれる』という得る事に喜び、『死する』という失う事に悲しむ。得る事には慣れているのに、失う事に対する喪失感には慣れていないのでしょうか、それを補填をするかのように、様々な反応が出てくる。『悲しみ』、『放心』、『怒り』それが徐々に収まっていき『日常』に戻るのでしょうね。

個人的な意見ですが、私の場合は少し少数派になるかもしれませんが、亡くなった方が『頑張れた』かどうかに思いを馳せますね。亡くなるまでに『心残り』が無かったか、その人の『人生』が幸福であったかを。『死する』ということだけに囚われず、その人の人生を正当に評価していくのも必要ではないかと思います。残った人が困っていれば助けるし、自分で立てるようならそっと支えるぐらいでいいと思います。

でも、『生と死』の概念は、地域・宗教・環境でそれこそ変わります。アジアに馴染み深い仏教では『輪廻転生』、欧州のキリスト教では『罪人は地獄で永久に苦しむ』等々それこそ千差万別と成ります。でも、お隣の中国・韓国・北朝鮮では『死』はどういう概念で捉えているのだろう?調べてみるのもいいかもしれませんね。

長文乱文を失礼します。

追記:『21g』という映画があったはずですw

Posted by ライル at 2005年11月10日 19:50
Posted by ライル at 2005年11月10日 19:58
私は皆さんのように難しい事は書けませんが,実は昔,大病をして自宅療養をしてたのですが年数がたってくると,自分自身が情けなくなり,とうとう,うつ病になってしまいました。治るのに3年かかりましたね〜。その時は死ぬ事ばかり考えていました。今思うと,馬鹿としか思えませんが(笑)
突然の事故でその人がいなくなるのは,とても悲しい事です。
長い事生きてると色々な事が多くて,滅入る事も多いのですが。
例えば,私の近い友人に「筋無力症?」という病気を持った家庭があります。私は医者ではないのではっきりと分からないのですが,30代以降に発症して,手が上げれなくなり,全身の筋力が落ちてやがて目だけで合図するような生活になります。
身近で見ていて,この人は生きる事をどう感じているのだろう?と思った事があり,私だったらきっと○殺するかも?知れないと思ったんですが,最近その家族に聞いたら生きる意義を感じてるらしい?と聞き,やはり,人は生まれてきたら最後まで全うして生きたいものなのだな!と感心して,その家族を応援する気持ちが強くなりました。
突然の死も悲しいですが,病気で長く苦しむのも悲しいです。しかし,嘆いてばかりもいられませんね。普通に呼吸して,食事ができる毎日に感謝しましょう!って,宗教みたいになってしまいました(笑)
Posted by モナコ at 2005年11月10日 20:31
占い好きな友達の中には不思議と(?)霊感強いひとが多いので「霊」とか「魂」とは漠然とあると思います(^^)
実際、体験したことがないのでまったりしているかどうかわからないのですが、知り合いのところにはTVを見に幽霊さんが遊びに来るとか・・・

さてさて、「トラは死して皮を残し人は死して名を残す」といいます。
「名」とは何か・・・私は、その人が伝えた色々なことだと思います。
色々な言葉や思い出、・・・うまく表現できないけど伝わった物が生きていればその人もまた生きているのではないかな・・・と思います(^^)

私も、10月に祖母を亡くしました。
祖母が残してくれた色々な物があるから、私の中で今も生きています(^^)
Posted by ろこ at 2005年11月11日 00:36
>ろこさん
TVを見に幽霊さんが遊びに来るって…恐いですね。
オレも昔親戚の家に泊まった時に窓から、おーいはに丸君のはに丸君が2匹うろついてるのを見たんですが…。

オレの祖母は熱心な自民党員やったんですが(こんなこと書いていいのか…)その影響でオレもこうして政治に興味持ってます。
これが祖母が残した「名」ってやつなんでしょうか。
とか考えさせられました。
Posted by わんこら at 2005年11月11日 03:37
>わんこらさん
知人のTV見に来る幽霊さんは怖くないですよ(^^)
子供の幽霊でアニメを見る為に来るらしいので・・・
幽霊さんって、見えなかったりわけわからないから怖いところってありませんか?
実際、祖母の霊が見えたとしたら怖くないと思いますし(^^)

実際、見えたことはないのですが・・・住んでいるところの近くで投身自殺があった時は、実際見たわけじゃないのに、しばらくよく眠れませんでした(^^;

怖いと思うのも思わないのも心次第なのに・・・
私も、まだまだ未熟ですね(^^;
Posted by ろこ at 2005年11月11日 03:58
初めまして
『死』は人間だけが理解するらしいです。猿は自分の子供が亡くなっても死んだことがわからずに、おぶっていたり乳を与えようとするそうです。
Posted by のむぴょん at 2005年11月11日 22:28
初めまして。
今のところですが・・・

ロボットは、人間が作った物。
作った人の意思のみで動いています。

人間は、色々な人との関わり合いから学び、
自分の意思で動けると思います。

生きていると言うのは、周りから刺激を受け、
何かを決定し、実感する事だと考えています。
良い悪いは、別として。(笑

死は他人からしか実感できないものですよね?
誰にでもいつ起きるか分からない事なのに。

私は、知り合いが無くなる度に、生と死を考えます。
答えなんて出ませんけどね(笑

そして、亡くなった方の良い所を思い出と共に引き継ごうと思っています。
出来るかどうか別としてですけどね。(苦笑
そして、感謝を忘れないでいたいと思っています。

最後に、バイト先の社員さんのご冥福をお祈りします。

長文乱文失礼しました。
Posted by 桜風 at 2005年11月12日 21:48
こう読んでみると人間の妄想って怖いなって思いました。
私は自分を名前をもった自然物と感じています。
身体は頭で考えているようには生きません。
むしろ身体は自然との調和を求めているように感じます。私はだから自分の身体を大事にしますし
地球も大事です。私が人間であることは脅威的なことと感じます。聞こえたり、匂ったり、見えたり、何かに触れて何かを感じたり・・どれも脅威的な感覚ですね。その感覚がなくなる時が死なのでしょう。
Posted by 天 at 2006年02月02日 22:54
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